【動画あり】羽生結弦選手、祝ロシア杯優勝 怪我との闘いを振り返る
羽生結弦選手、2018フィギュアスケートGPシリーズ第5戦ロシア杯で怪我をおして強行出場しました。
そして、フリーでも1位となり見事に優勝しました。
これで日本人男子としては、最多となるGP10勝目をあげました。
羽生結弦選手の競技人生は怪我との闘いとも言えます。
これまでの羽生結弦選手の怪我との闘いを振り返ってみます。
目次
1 2012年3月世界選手権
17歳で初めて出場したフランスでの世界選手権。
フリーの演技中に転倒し、捻挫をしてしまいました。
しかし、見事に滑り切り、自身世界選手権初のメダル、銅メダルに輝きました。
2 2013年3月世界選手権
カナダで行われた世界選手権。
大会前から左ひざを負傷しており、かつフリーの公式練習中にも右足首の怪我をしました。
出場が危ぶまれましたが、フリーで3位となり、総合でも日本人最高の4位に入りました。
なお、この怪我の影響から2013年世界フィギュアスケート国別対抗戦は辞退することになりました。
3 2014年11月中国杯の直前練習で激突
2014年11月に上海で行われた中国杯(GPシリーズ第3戦)で、フリーの直前の6分間練習で中国選手と激突しました。
しかし、フリーはそのまま強行出場し、銀メダルを獲得しました。
試合後の表彰式とエキシビションは欠場し、頭を3針、顎を7針縫うことになりました。
4 2014年12月全日本選手権後に尿膜管遺残症の手術
2014年12月の全日本選手権で優勝し、3連覇を達成しました。
しかし、その後、尿膜管遺残症と診断され手術を受けました。
5 2016年世界選手権後に左足リスフラン関節靭帯損傷
2016年3月にボストンで行われた世界選手権では銀メダルに輝きましたが、その後、左足リスフラン関節靭帯損傷と診断され、治療に専念することになりました。
6 2017年11月NHK杯の前日練習で転倒
2017年11月のNHK杯の前日練習で転倒し、右足関節外側靱帯損傷と診断されました。
この怪我は、回復までかなり時間がかかり、復帰は平昌オリンピックの個人戦となりました。
平昌オリンピック個人戦では、見事に金メダルに輝きました。
平昌オリンピックでの羽生結弦選手のフリーの演技はこちらです。
7 まとめ
ここに挙げたのは、羽生結弦選手のこれまでの怪我の一部で、小さいものを含めるともっとたくさんの怪我と闘ってきたのだと思います。
しかし、怪我の度に不死鳥のごとく立ち上がっています。
今回の怪我も、これまで同様、立ち上がってくることをファンとしては期待しています。